3才から母子家庭で育ちました。
僕は父親が居ません。父親がどう言うものかを知りません。
これが悩みで有り、母に対する尊敬でも有ります。
今更父がいたら良かったとも思いませんし、これから欲しいとも思いません。
それでも悩みは絶対有ります。知らない事が有ります。
今回はそう言った内容について書いていこうと思います。
少しナーバスな内容になるので、そういった内容が嫌な方は読まないで下さい。
父がいないと困る理由
男というものを知らずに育った
父親がいないと言う事は、男について知らないも同然です。
幼い頃は良いですが成長するに連れて「男の振る舞い」「遊び方」「体の悩み」この辺りが正直さっぱりわかりませんでした。
銭湯に行っても1人で入るので周りの家族を眺めてるだけでした。
友達はよくお父さんとキャッチボールをしてましたし、釣りをしていました。
大人になった今、結婚を考えると僕は「良き夫」「良き父」になれる自信が有りません。大人の男性を知らない事がネックになっています。
金銭的な余裕がなかった
父は僕が小学校に入学する辺りから音信不通になり、お金も振り込まなくなりました。金銭的な余裕もないので、高校受験は国公立一本に絞りました。
女手1つで子供を育てるのは簡単ではないので、生活保護を受けながら、
ある時は隙間風ビュービューのボロアパートに暮らしていました。
寂しく幼少期を過ごした
父親がいないと、母親といる時間も短くなります。
友達の家に遊びに行くと絶対お母さんがいて、授業参観も絶対来ています。
僕は普段母が参観日に来ないので、逆に来られると気持ちが落ち着きませんでした。子供にとっては寂しい事だと思います。
父親の存在は大きいものです。男の目標となり、壁となり、友となる。父のいない僕にとってのイメージはそんな感じですが、実際はどうでしょう?
母のみ居たから幸せと思えた理由
ここまで暗い話をしてきましたが、実際の所僕は母子家庭で良かったと思っています。その理由を以下に記載していきます。
母の愛情を深く感じられた
母は父母2人分の愛情を1人で僕に注いでくれていました。
休みの日は買い物に連れて行ってくれましたし、クリスマスには大きなクリスマスツリーに綺麗な装飾をして、沢山のプレゼントをくれました。
母の職場の人も遊びに来てくれて、両親揃った家族よりずっと楽しい家を作っていたと思います。
真面目に責任感を持って生きてこられた
両親が離婚して以来、物心つく前から色んな人に言われていた事が有ります。「お前は男なんだから、お母さんを守らないと駄目なんだ!」
まだ、4才5才の頃から延々と言われて居ましたが、正直今思うと酷い話です。
何が何だかわからない少年にそんな責任を押し付けるなんて!笑
けど、その言葉を大切に生きて来られたお陰でヤンチャな時期も対人恐怖症になった時も、やるべき事を理解し、前向きに生きられたのだと思います。
※ちなみに対人恐怖症になった記事は以下です。
1人で何でも出来るようになった
母が居ない事が多く保育園に通っている時から、お留守番をしていたのでご飯を5才の時には少量のお米を炊く事が出来ました。
お爺ちゃんがストーブの修理のお仕事をしていたので、それを真似しておもちゃを解体して、再組み立てする事も出来ました。(中には壊れたものも・・・)
出来ない事があれば調べて何でも出来るようになったのは、この習慣のお陰かもしれません。
女性を大切に出来るようになった
これが最も大切な事かと思います。「女性を大切にする事」を覚えました。
実は両親が別れた理由は、父の”暴力”と”浪費”です。
暴力的な性格は遺伝するらしく、僕にも正直暴力的な時期が有りました。
流石に母親に手をあげるとかは有りませんでしたが、暴言を吐いてしまう事があったのです。今考えると、ただの反抗期ですが正常に育った証拠ですかね!
しかし、母は聞き分けの悪い僕に何度も「女の子は大切にしなさい!」と何度も諭してくれました。
その時は分かりませんが、何年か経った今は深く心に刻まれているんですね。
その時はなかなか伝わらなくても、言葉で何度も伝えることは、決して無駄ではないです。そう思いました。
結論とまとめ
母子家庭で育つというのは男としての不安が生まれる事は事実有ります。
しかし、女性の気持ちがわかる男性になれると言うのは大きいのではないでしょうか?
もちろん全ての人がそうとは限りません。しかし少なくとも僕は、母1人で十分幸せな人生を送って来れました。
もしこの記事を読んでいる方の中に、シングルのママさんやパパさんが居るのなら悩む必要も暇も有りません。
あなたが十分な愛情を与えれば子供はそれだけ幸せを感じられるのです。
少なくとも僕は「父親の居る人生」を想像すら出来ない位に今までが標準化しています。
あくまでこの記事は母子家庭の一例ですが、参考にして頂ければ幸いです。
以上